因島自由大学

第15回「いのちひきとめたい」浅野泰巖先生

2010年6月5日 芸予文化情報センター

 因島には降りたことはありませんでした。初めてご縁ができました。会場に近づくとだんだんドキドキしてきました。会場に来てびっくりしました。「浅野泰巌先生」と書いてあります。私は先生ではございません。気楽にお話をお聞きいただければ幸いです。

波長が合うということ

浅野泰巌先生 今はまだ皆さんの雰囲気が伝わってきません。そういう時、こういうものがあります。これはチベットの僧侶が瞑想の時に使うシンキングボールです。その時の雰囲気で遅くしたり早くしたりしますが、皆さんが静かにならないと聞こえません。鳴らない時もあります。

 それぞれの存在には波長があります。それがうまくあった時、音として鳴るわけです。これはものですが、結婚する時にもあう波長とあわない波長があります。あう波長であればいい夫婦になります。皆さん一人ひとりと因島の波長があうといい町だとなります。皆さんと建物の波長があうかどうかです。波長があうと、リラックスできます。そして、皆さんと私の波長があうかどうかです。そのために鳴らしてみましたら、あいそうなので安心しました。全体の波長と一人ひとりの波長は違います。私と男の人があうと、兄弟になります。私と女の人の波長があうと、恋が生まれます。

 今日何を話すかの前に困ったとばかり考えていました。これまでの因島自由大学は,小山明子さんや人間国宝、ノーベル賞の人などがきています。何で私を呼ぶのだろうと思いました。私が一番普通の人です。皆さんの熱意によって、自由大学の名前が私を呼んだんだろうと思いました。それは自由大学の波長と、講師その人の波長があったので話が決まったのだろうと思います。そういうことで、今回、私と実行委員会の方と、因島と、因島で皆さんと波長があったので、私もここに来られるようになったのではないかと思います。

私の自殺行

 皆様方で死にたいと思った人はいますでしょうか。普通は1回か2回か、3回は死にたいと思うし、殺したいとも思います。殺すことと死にたいと思うことは一緒です。どうにもならない時に相手をつぶして問題を解決する。どうにもならない時に自分自身をつぶして問題解決をする。怒らない人はいませんから、結局殺すか殺されるか、自分が死ぬかではないかと思います。

 この私もおぎゃあと生まれた時は、何になるか分かりませんでした。父は大工です。母は家で乾物屋さんと食堂をやっていました。どう生きればいいか何も分からないまま工業高校に行きました。でも工業は大嫌いでした。本当はお百姓になりたかったのです。しかし、家に土地がありません。これからは工業社会だと、父親が工業高校へ行けといいました。行かないのなら、うちには金がないから高校に行かさないと言います.仕方なく工業に行きました。おもしろくないので、わざと答案用紙に名前を書いて用紙をひっくり返して寝てましたら落第しました。ですから高校生活は四年です。しんどかったですね。下の者たちと一緒に勉強するんですから。それでもやはり勉強しませんでした。学校の先生は2回は落第させませんでした。お情けで卒業させてくれたようでした。

 それからはよけいなことを考え、卒業したら、どこか自殺旅行に行こうか。どこで死ぬのも一緒だと卒業後しばらく家にいて、アルバイトをしました。その時土方をして1日100円です。どこで死のうといいじゃないか。どこに行こうといいじゃないかと考えました。

 横浜に妹がいましたので、横浜に行きました。駅から職安に行くまでに手配師が並んでいました。手配師の一人に、「兄さん仕事何がいいか」と。私は、「どこか寝るところありますか」と最初に言いました。「あるよ」と言います。そりゃいいとついていくと港の仕事でした。たしかに仕事をやってお金をもらいました。しかし、寝るところはありませんでした。仕事が終わって「また明日来いよ」と言われるだけです。その時、2500円もらいしました。プラス親方が「兄さんよくやったな」と言って300円くれました。当時300円でご飯が食べられました。2500円はまるまる残るんです。6月のことです。どこかの宿に泊まったらお金がいりますが、公園に寝ました。すると2500円そのまま残ります。また翌日も働きます。2日経つと5000円貯まります。

 しばらく働いて自殺旅行に行きました。箱根で失敗してしまいました。死ぬことにも、エネルギーがいります。1回失敗したら、フニャンとなりました。そのうちにオイルショックがあるし、ベトナム戦争も終わり、それで何とかなるかと思って、よその仕事に行ったり、愛媛に帰ってきたり、横浜に帰ったりしました。

 どうしようもなく、山にこもろうと思い、愛媛で仕事をしていた植木屋さんのミカン小屋を借り、一冬こもって、本を読んでいました.その時に読んだ本によってこの仕事に入ろうと思いました。

救い出してくれた書

 皆さんもいろいろな悩み、苦しみをもっていると思いますが、どうやって解決します。

 その時、両親は別居していました。父親は、愛媛の南のほうの老人ホームにいて、母親は横浜にいました。家族はバラバラでした。おじさん、おばさんもダメ。いとこもダメ。学校の先生も同級生もダメ。相談する人は誰もいませんでした。

浅野泰巌先生 その時に私を助けてくれたのは、山小屋でひとり読んでいたドストエフスキーでした。高校の時に化学の先生で「浅野、ドストエフスキーはいいな」という人がいました。それを思い出し、時間もいっぱいあるから読もうと思い、読んでいたら、そこに道を切りひらくヒントの言葉がありました。

 ロシアはロシア正教というキリスト教です。日本語でいう神父とか、牧師という人と主人公のやりとりがありました。「悩み、苦しみはどうしたら消えますか」と聞きます。すると、その和尚さん、ゾスマという名前だったと思いますが、「その悩み苦しみをとく時には、おまえが悩み苦しむ人のところに行け」と答えます。

 これは答えではないですね。でも、それは答えに近いですよね。何で答えに近いかというと、悩み苦しみがある時にそれをどうしたらいいかと聞きます。すると、普通は、何に悩んでいますか。何が苦しいですかという質問がきます。しかし、その先生は、悩み苦しみがある時には、悩み苦しんでいる人のところに行って聞きなさいというのです。この答えは普通ありません。おまえの悩み苦しみをそのままもって、悩み苦しんでいる人のところに行けば、何で悩み苦しみが消えますか。お腹がすいたとか、お金がないといった具体的なことは消えませんが、消えるものがあるとすれば、孤独が消えるということになります。

 私は、その時ものすごく寂しかったので、孤独という波長がここにある。私が気づくことがあるのではないかと気づいたのです。つまりここに波長があったのです。ドストエフスキーとその小説と、その長老と主人公と私の波長があって音が出たのです。この音の鳴る方へいこうと思いました。それは直感です。先は、読まなくても答えが出ました。物語の解決は関心がありませんでした。

僧侶になった訳

 それで宗教的ないのちを考えるといえば、宗教的な生き方です。わたしはいのちを真っ正面に考える仕事に就き、そういう生き方をしたいと思いました。普通にいうと、キリスト教か仏教です。その時にキリスト教の勉強も仲間としていました。仏教にも関心がありました。どちらに行こうか迷いました。でも決めたのは仏教でした。

 私のところは、臨済宗妙心寺派です。なぜ仏教を選んだかというと、別々に住んでいた両親の接着剤になれないかということと、お坊さんが冬の雪の中や雨の中などに歩いていると格好がいいんですね。頭が悪いのでもつとまりそうな気がしました。また仏教は、考え方が合理的でした。

 もう一つの理由は、結婚しなくていいということです。お師匠さんをみつけて京都の南禅寺に行きました。そこで私は、自殺しようと思っていましたので、自殺問題の解決を考えていました。

 3か月ほど経った時、お師匠さんが亡くなりました。びっくり仰天です。そのお師匠さんも自分が悩んでいることを言えませんでした。それは、先ほどいった波長です。導師さんと私たち弟子、導師さんとその宗派の波長があわなかったので、自分をつぶしてしまったのではなでしょうか。導師さんに悩むものがあったのなら、一言でもいいから禅問答のときに話せばいいと思ったのです。まさか偉い人が亡くなるとは思いません。帰ってきてもそのことがずっと気になっていました。

どうしたら自殺者を救えるか

 昭和58年に寺に入り、私がお葬式をした自殺者は九人です。檀家さん100件ほどの小さなお寺です。理由は全部違います。

 亡くなった人は、亡くなった後は別にして、本人が縄をかける時が一番しんどいのです。その次に家族がしんどいのです。そのしんどい時に、何とかしようと思って動き始めたのが自殺問題です。どうしたらいいのかわかりませんでした。

 私に一番最初に、和尚さん黙っていたらダメと教えてくれたのは、中学生でした。当時、八幡浜というところで女の子が自殺しました。小学校の時から中学校になってもいじめられていました。いろいろなところにそれとなく電話するのですが、本気で言ってくれる大人がいなかったそうです。その女の子の自殺は、新聞などに大きくいじめ自殺と出ました。何とはなしにテレビを見ながら晩ご飯を食べている時、お葬式の様子が映りました。お葬式会場はお寺でした。そのお寺が私と同じ宗派のお寺でした。直接的には私と関係はありません。同じ宗派の娘さんでした。

 これが私にグサッときました。誰かに相談しよう。ひとりでは知恵が出てこない。そこで、その時友人だった四八番札所石手寺の今の住職、当時副住職の加藤さんに相談しました。すると、あなたが亡くなって悲しいということはいえるでしょう。自殺者の供養をしようではないかと始めました。すると、日本で初めての自殺者の供養になりました。年に一回ですが、たくさんの人がきました。普段の日はいろいろ活動はしますが、12月はじめの日曜日午後1時に毎年やっています。ほかのお寺さんは、絶対やりません。今は、私は休んでおりますが、石手寺さんが責任を持ってやっております。それからテレビや世の中がさわぎ始めましたが、そういう動きの一つのきっかけになったのではないかと思います。

 ある時に「文藝春秋」に私たちの活動が出ました。すると全国からきました。失業、借金、病気理由はバラバラです。浮気の果てに死んで、残った奥さんが気が狂いそうとか、いろいろな話がありました。でも、普段は内に沈んでいます。自殺という問題でどかんと出てくるのです。またそれがいえないという苦しみで、また死んでしまったり、病気になってしまったりします。それを吸収するところがありません。家族の方も、黙って黙っていますので、ある時大きな穴が開いてしまいます。政府による法案も出来ました。しかし、法案が出来ても、国がちょっと予算をつけたということに過ぎません。後は、私たち一人ひとりが一人ひとりを大切にしていく気持ちを高めなければどうしようもないと考えています。向こうの人の泣き声が聞こえたら、その泣き声を聞けるような波長を自分でいつも流しておかないといけないのではないかと思います。

死んだ人はどこに行くのか

 死んだ人はどこに行くと思いますか。天国があると思いますか。地獄があると思いますか。宗派によっては、自殺したものは地獄に堕ちるといいます。仏教ではいいません。キリスト教は絶対自殺を認めません。今はやりの幸福の科学も自殺はいけないといっています。

 自殺したらどこへ行くのでしょうか。地獄に行くというと本人に悪いですね。また二重に苦しみます。自殺者は地獄には行きません。仏教では地獄があるとはいいません。お話に出てくる地獄はたとえです。ですからいろいろな縁が集まり、そういう結果になったのであれば、そこが地獄になったのであって、地獄があるわけではありません。

 ですからそこにいい縁があって、そこにかかわっていったら、そこは地獄でも何でもない、極楽のようなその人に違う花が咲くかも知れません。地獄イコール地獄の連続ではありません。ものの通りを明らかに知ることが仏教ですから、仏教を学んでくださいと一生懸命言っています。

残された人の苦しみ

 私の友人に松山ユースホステルの小屋主をしている人がいます。そこにに時々遊びに行きます。ある時に、旅の若い人と出会いました。滋賀県からきた人でした。話をしていましたら、奥さんが自殺して亡くなったそうです。辛くて、自分も死にたくなったと言います。自分が死にたいのが半分で、供養したいのが半分でした。そして四国の巡礼を始めました。たまたま12月の石手寺で行われる供養の前々日です。日曜日に供養があるといいますと、出席したいといいます。そして次の日は近くの札所を回り供養に参加しました。

 その奥さんは、心を病んでしまい、統合失調症になりました。結婚する時にはわかりませんでした。結婚生活が続いてもわかりませんでした。彼女が病気になっても好きでした。死んでしまった後も好きなのです。辛いといって四国を回ったのです。統合失調症の人が必ず自殺するわけではありません。

 ほかにこういう話もあります。ずいぶん前ですが、息子をバットで殺してしまったという事件がありました。お父さんは自首して捕まりました。お父さんは黙っていました。お母さんは、お父さんの弁護を始めました。しかし、後になるとなじってきました。

 この事件を本に書いたのが早坂暁さんです。早坂さんは、もしかすると息子と母親は、親子間でセックスがあったのではないかと思いました。それをお父さんは知っていたけれども、いえないのではないか。お父さんは黙っていてこれを話すことのできない苦しみがあるのではないか。本人の話を聞きたいと弁護士を通じて探しますが、わかりません。どうも西に行ったことを探り、お遍路ではないかと考え、一番札所から探します。一番札所では見つかりません。よほどの覚悟をした人は逆回りをすると知ります。順にお遍路道を回ると、追いかけたり、追いかけられたりします。逆回りすると、一回会った人は二度と会いません。ですから終わりのほうで待っていましたが、会えなかったといいます。

孤独に向き合うということ

 自殺問題には、個人の問題もあれば、社会問題も、人間の業の問題あります。こういう話を聞くと、私自身がどうしようもないところにいるんだと思います。すると、私の悩み苦しみを消すには、いろいろなことで悩んでいる波長のあう人のところに行けば、私の悩み苦しみ、孤独は消えるのではないかと思いました。私が自殺問題を考えているというのは、そこです。

 その人が孤独ならば私の孤独も癒されるのです。そして私の孤独がその人の孤独と波長があえば、私の存在だけでその人を助けることができるのではないでしょうか。何かに気づいてくれればいいのではないかと思っています。

 実際にもし波長のあう人がいれば、こちらの檀家さんに亡くなったおばあさんの話をすれば、波長があって助かるかも知れません。私の檀家さんで二十数歳の人が亡くなったことを話すとこちらの若者が助かるかも知れません。家族を抱えたお父さんの話をすれば、今こちらで苦しんでいる家族が救われるかも知れません。そういう話ができる立場に私はいなければいけないと思い、するべきことをしています。

魂の苦しみからの救い

 苦しみの中にも、大きく分けて生活苦の苦しみと、肉体の苦しみと魂の苦しみの三つがあります。生活の苦しみはお金があれば消えます。肉体の苦しみは病気です。私が一番会いたいのは、魂の苦しみで悩んでいる人です。生きている間に深い話ができればと思います。腹の底から支え合うような話です。

 今そういう人が一人います。相手はクリスチャンです。生まれた時から生まれたことが間違いではなかったかと考えている人です。お金はまあまああります。頭もいいです。体も頭も病んでいます。その人と今、私は毎日メールでやりとりしています。メールはすごく便利です。

 ある程度元気になってきた時に、彼女から「和尚さん、何で返事ないんですか」と言ってきました。はじめは元気出してもらおうとやります。徐々に離れていきます。そうすると、その人は寂しくなるんでしょうね。「何で返事もらえないんですか」と返事しないといけないように怒ります。それでガツンと言いますと、シュンとなります。嫌われたくないと思います。それになんかの拍子に死んでもらったら困ります。それでちょっと遠くに行ったと、おみやげをもってその人に届けました。忘れていないという意思表示です。すると、機嫌を直してくれました。でも、そういう気持ちを見せておかないと、切られたと思ったら、ドスンと行きます。ですから、一回つながった人は、つながるようにしています。

 聖書の大切さを教えてくれたのは,その女性です。私は仏教徒だから聖書は読まないというのはダメです。仏教徒でも聖書はもっていてください。その人はガンなので、もう命は長くないでしょう。その人が「和尚さん、聖書のどこどこをあけてください。これが私のあなたに対する思いです」と言います。聖書の中には、恋の言葉があります。なぜかというと、孤独をいやすためです。

 「あの方が私に口づけしてくださったらよいのに」とあります。「あなたの愛は葡萄酒よりも心に届く」とあります。ずっといきますと、「私を引き寄せてください」とあります。これは、半分は神にいうことでもあります。ですから愛するという言葉があるわけです。結局は仏教もキリスト教も孤独を癒す教えで、敵を倒すためにあるわけではないと思います。

 キリスト教は、イエス・キリストは愛がいいたくて行動したのではありません。神の存在を皆さんに教えたくてキリストは立ち上がったのではありません。彼は彼の行動をみんなに分かってもらいたくて歩いたのです。

キリストの苦しみと孤独

 キリストにお父さんはいません。キリストのお父さんは聖霊です。では、聖霊とは何でしょうか。近代医学からいったら考えられません。やはり誰かの精子です。マリアは誰の子か知っていますが、いいません。マリアは誰かほかの男としたか、強姦されたかです。それを実はヨゼフは知っていたかも知れません。その中から生まれてきたのがキリストです。キリストもうすうすそのことを感じていました。しかし、隠しているお母さんと優しいお父さんを傷つけることはできません。家がつぶれてしまいます。それを全部自分が引き受けたのです。ゲッセマニで彼は引きこもります。その時、すごく苦悩しました。そして愛を説き始めました。それは愛という言葉ですが、キリストの孤独を分かってくださいという非常に強いメッセージではないかと思います。そう考えると、彼の行動がよく分かります。非常に攻撃的な愛です。お釈迦様は日本式の愛です。キリスト教の愛は、愛するか愛さないかといったものです。つまり私を忘れるなです。つまりそれほど強いものをキリストは教えたのです。孤独を教えたのです。ですから、キリストは孤独を私たちに教えたのです。結局私もこんなことをいっていますが、私を分かってくださいよという意味でいっているのかも知れません。

人生は真剣に考えるものか

 釈迦は6年も修行して苦労した。キリストは、どうしようもないところで苦労した。ですが、人生はそんなに真剣に考えるべきものでしょうか。皆さんは人生を真剣に考えているからここにきているのですよね。しかし、芥川龍之介は「人生は考えるな。マッチの軸のようなものだ」といっています。大切にしないと火事になるよということです。ですから、場合によっては大切にしなければいけません。場合によってはどうでもいいということです。今の時代だとボールペンと言い換えることができます。これは100円あったら買えるではないか。けれども、ペン1本欠いたら困るということです。人生はほどほどにといいますが、そのほどほどにをいうには、ただ単に普通の言葉で言ってはいけません。それは私の波長にあって、皆さんの波長にあって、すっと入ってあなたの心を慰めてくれるであろうということです。

なぜ生まれてきたのか

 そこでご紹介したいのが、ルバイヤートという詩です。これはペルシャの時代の詩です。この詩では、どうでもいいじゃないか。人生なんてそんなものだと言っています。皆さんもこの詩を読むと人生なんてどうでもいいと思いますよ。ペルシャの詩人がいっているのは、結局酒飲んですごそうよということです。お酒が飲めない人は、お茶飲んで、お話ししていればいいということです。

 なぜ私たちは生まれてきたのでしょう。分かりませんね。真剣に考えるなといっています。ものすごく悩んで悩んであるところに死にたいといって靴を忘れて帰っても、その靴がどこにあるのか分からないという女性がいました。死にたい。死にに行きました。私がいました。気づきました。帰ってきたら靴がありません。どこで脱いだか分かりません。その靴はとても大切で高価な靴です。この人にこの本を紹介しましたら、よく分かるといいました。だから、皆さんも本屋さんに言ってルバイヤートの詩を読んでみてください。私が好きなのを読んでみましょう。

われは酒屋に一人の翁を見た。
先客の噂をたずねたら彼は言った―
酒をのめ、みんな行ったきりで、
一人として帰っては来なかった。

この永遠の旅路を人はただ歩み去るばかり、
帰って来て謎をあかしてくれる人はない。
気をつけてこのはたごやに忘れものをするな、
出て行ったが最後二度と再び帰っては来れない。

 この詩を読んだ時にため息が出ました。

われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ!
われらは影も形もなく消えるよ、ああ!
来なかったとてなんの不足があろう?
行くからとてなんの変りもないよ、ああ!

 この世の中には絶対はありません。これがまた私たちには寂しいのです。私たちがこの世の中に生まれなかったらどうなるか。何か変化あるのでしょうか。私が死んだらどうなりますか。別にです。すると私とは何かということです。そういう時、周りの人とお茶を飲むしかないわけです。ですから、目の前にいる人を大切にしましょう。その目の前にいる人、夫や妻や子どもや友達がつまらなかったらつまらない人生です。その目の前にいる人、夫や妻や子どもや友達がすばらしい人たちだったら生まれてきて良かったということになります。ですから、いい友達を作りましょう。

寂しさを埋めるには

 イエス・キリストもそうです。イエス・キリストははじめ寂しい男でした。それで愛を説いていきました。それで波長のあう人が出てきました。最終的には、自分の教えをローマ帝国が自国の宗教にしました。このように寂しい人間が集まっても、一人でいたらつぶれます。つぶれないためには、一緒にお茶を飲んでくれる人を見つけ、増やしていくことです。それをするにはまず、一人でもいいから、自分の波長にあう人を自分の仲間に入れていくことです。もし皆さんの中に、寂しい、明日行くところがないという人がいましたら、どうしますか。寂しい人はどんどん沈んでいきます。寂しいときには、めちゃくちゃ寂しい人のところに行くとおぼれてしまいます。自分で泳げる程度寂しい人、自分を持ち上げてくれそうな人のところに行って、話をすることです。そしてそこでもらったものをもって、次の人のところに行くのです。そうして次々と行くことによって皆さんが浮き上がってきます。

 一人になったらおぼれます。だから一人になってもおぼれないように手をつないでいかなければいけません。それが仲間というものです。

 お寺は、よろず屋です。よろず屋の役目をしなければいけません。もし皆さんが疲れたなと思ったら、一か所だけは行き場所があると。皆さんから名刺をいただくわけではありませんが、因島であなたの話を聞きました。わざわざきても、ちょっと近くまで来たので行っていいですかとおいでになってください。どこかに行くところはあります。ここが行き止まりではないと思っていただければ、今日の講演会は意味があるかなと思います。

加害者ももとは被害者

 先日、コンビニで「死刑囚」という本を買いました。すごく怖い話がたくさん載っています。私は、人を殺したことのある人の葬式をしたことがあります。檀家さんではありません。奥さんを殺した人でした。その人の話を聞いていくと、加害者は、はじめ被害者なのです。それがある時に加害者になります。ですから、その人の波長とあえば、悪くなるわけがないのです。東京で幼稚園の仲間のお母さんを殺して、静岡に帰って埋めた事件を知っていますでしょうか。そのお寺さんは、うちの宗派のお寺さんです。あの事件を起こした人は、うちの宗派のあるお寺の副住職の奥さんです。その奥さんは罪を犯すまでは被害者です。罪を犯した後は加害者です。今どうしているか分かりませんが、旦那さんも被害者です。

 私たちは加害者になったり、被害者になったりするわけです。こういう事件に対して、私たちは決めつけてしまってはいけません。その人の苦しみを見つめなければいけないのです。現世のキーポイントは、私たちの心の問題になるのです。

いのちひきとめたい 有名な話に、池田小学校殺人事件があります。先生たちの前で小学生を7、8人殺した事件です。犯人は宅間守といいました。その人は死刑にしろといっていました。たしかに死刑囚になりました。最後に彼の魂を救ったのは、ある女性です。その女性に宅間守は「私が死刑になった時に娑婆に出してくれ」と言ったそうです。死んでから火葬になるまで時間があります。そして死刑を執行されるまでは罪がありますが、死んでしまったら罪はありません。宅間とその女性は、孤独と孤独が出会ったわけです。彼女はクリスチャンだったのでしょう。キリスト教の葬式をしたそうです。

 結論として、聖書は孤独の本です。ですから孤独に光を見た女性は、宅間守を理解できて、死刑囚である宅間守にプロポーズしています。そして獄中結婚しています。奥さんになった人は殺人を犯したわけではありません。自分の孤独をいやしてくれるのはこの人だと思って彼にプロポーズをしたのではないでしょうか。

 皆さんに、自分の孤独を消してくれる人がいるかどうかです。それが夫であるか、妻であるか、友人であるか分かりませんが、主治医のような自分の孤独を消してくれる誰かをもっていなければいけません。100パーセント孤独を癒してくれないにしても、入口まで案内してくれる人がいるということが、自殺を防止できる一つの方策ではないかと思います。私には力がありませんが、何かあったら連絡をください。